謹賀新年(大晦日)
アメリカで正月を迎えるのはあまり好きじゃありません。
時差があるのでこちらは大晦日なのに日本はすでにお正月だからです。
昔はインターネットとかJapan TVなどのメディアが無かったので純粋に現地でのお正月を楽しく迎えられていた。
18歳の正月はニューヨークのタイムスクエアでお約束のカウントダウン。
22歳の正月はロンドンの友人のフラット(アパート)の一室で。
その後、サンフランシスコだったり、福岡だったり、ポートランドだったり、モントレーだったり、札幌だったり、京都だったり。
やはり年相応になり日本で正月を迎えてから(ここ5−6年)はお正月はやっぱり日本だよねー。って思うようになる。皮肉なことに今年も海外で正月を迎える日本人人口が過去最高となるわけだが、、、願わくば日本の正月を海外に持ち出すのではなく現地での正月のすごし方というのを味わっていただければと思う。
ちなみに私は行橋で育っていた頃のお正月が一番すきである。
実家は神社のそばだったので、大晦日の昼過ぎから露店が参道沿いに並び始め、松明の用意やなどであわただしくなる。我家では大掃除状態で私は幼少の頃はガラス拭き、天井照明担当。自分の部屋を整理するのは言うまでも無い。中学生を過ぎるあたりからそれに加え風呂の掃除が付け加えられた。これはある意味、ラッキーである。うーん、記憶を紐解いてみるとこれは家を建て替えた後からそうなった。おそらく旧家では祖父がこの役目をしていたに違いない。そして、そのまま一番きれいな風呂で一番風呂をし、正月を迎えるという手順である。つまり、風呂掃除をし風呂に入ればもう大晦日の仕事は終わりで、後はコタツでみかん食べたり、カッパえびせんポリポリしながら紅白を見るだけなのである。
除夜の鐘が鳴り始めたのは合図にお宮参りである。歩いて3分と我家の初詣はめちゃめちゃお手軽であった。賽銭あげて。お参りをして。所要時間約10分。自宅に帰り就寝。
新年最初の朝食は家族6人で祝う。祖父、祖母、父、母、姉、弟がそれぞれ指定の席に着く。
祖父により新年の挨拶。父が屠蘇を接ぎはじめる。祖母、母は雑煮の配膳に立ち、姉、弟は紅白のかまぼこに手を伸ばす。
雑煮をたらふく食べる。「歳の分だけ餅を食べる。」ってのを13歳になるくらいまで本当にしていたような気がする。
そして、待望のお年玉である。祖父母から一袋、父母から一袋。幼い頃は千円づつ、最高でも5千円づつくらいだったと記憶している。
そして毎年、お年玉を握り締め、家を飛び出し露店へと向かっうのである。
おっと、そろそろ掃除をしなければならない。
ちなみにポートランドの家では特に風呂掃除はしません。
では、まだ迎えていない地球半分の皆様、良いお年をお迎えください。
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